青木一 (政治家)

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青木 一
あおき はじめ
生年月日 (1948-10-09) 1948年10月9日
出生地 日本の旗 日本 長野県中野市
没年月日 (2008-10-09) 2008年10月9日(60歳没)
死没地 長野県中野市 北信総合病院
出身校 日本歯科大学
称号 旭日双光章
正六位
親族 父:青木太郎(元中野市市長)

中野市旗 中野市市長
当選回数 2回
在任期間 2004年 - 2008年10月9日
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青木 一(あおき はじめ、1948年昭和23年)10月9日[1] - 2008年平成20年)10月9日[2])は、日本政治家歯科医師中野市市長(2004年 - 2008年)。

来歴[編集]

長野県中野市出身。父は同じく歯科医師で、中野市長を務めた青木太郎[3]日本歯科大学卒。2004年に旧中野市長選挙に出馬し、当選[2]翌年豊田村との新設合併に伴う新中野市長選挙では無投票当選。

2008年8月に腹痛を訴え、胆石胆嚢炎と診断、9月22日に北信総合病院で胆嚢を摘出する腹腔鏡手術を受けたが同月23日朝、呼吸不全から意識不明に陥り、翌月9日午前11時13分に急性呼吸不全のため現職のまま死去。60歳[2]。亡くなったのは還暦となる誕生日で、妻が赤のスポーツウェアを乗せたりケーキを口につけていた。手術後に容態が急変したのは同病院長の見解では血栓による肺塞栓が起きたとしている。死没日をもって旭日双光章追贈、正六位に叙される[4]

長野県歯科医師連盟会長や中野青年会議所理事長もつとめた。

出典[編集]

  1. ^ 青木一
  2. ^ a b c ザ・選挙/青木一中野市長が死去
  3. ^ 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2023年5月26日閲覧。
  4. ^ 『官報』第4943号11頁 平成20年10月29日号